・愛と平和の精神に満ちた青少年のためのブログです。
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・SueMe since June 9th 2000. Smirnoff since May 14th 2002.

本名はアレクサンドル・イヴァノヴィッチ・スミルノフ(Алекса́ндр Ива́нович Смирновь、英名:Aleksandr Ivanovich Smirnov)。ただし米国に逃亡後は、Alexandre Sueme Smirnoffと名乗るようになった。
生年月日不詳。1941年12月8日説が有力であるが、12月13日説もある。また、日本では1961年生まれだと語った記録が残されている。旧ソ連の世界的な教授として知られていた。いかなる侵害刺激を与えられても苦痛を全く感じず、それでいて有害反射や呼吸抑制を全く引き起こさないという夢のような合成麻薬を開発したとされている。スミルノフは、この合成麻薬をメルポリン(Melpoline)と命名し、その画期的な可能性を全世界に知らしめる使命を感じ、開発の経緯を英国ネイチャー誌、あるいは米国サイエンス誌などに発表しようと画策した。ちなみにメルポリンとは、モルヒネがギリシャ神話の夢(眠り)の神であるモルペウス(モルフィス、Morpheus)に由来することを鑑み、悲劇・挽歌の女神であるメルポメネ(メルポメネー、Μελπομένη, Melpomene)からとったと言われている。皮肉なことだが、スミルノフはその後のメルポリンにまつわる悲劇を、無意識の内にすでに予測していたのかもしれない。
その悲劇は、ときのソ連中枢部がメルポリンの薬効・構造はおろか、存在自体さえも軍事機密として封印しようとしたことで始まる。中枢部はこの夢のような合成麻薬を軍事目的に使用しようと考えたのである。この薬を使用することによって、ナポレオン時代のフランス最強軍を再現することができる。つまり、負傷した兵士たちも、すぐにまた勇敢に敵に立ち向かえるようになるのだ。スミルノフはKGBの監視下におかれ、メルポリンはドラッグXというコードネームで呼ばれるようになり、それに関する一切の情報資料が捜索された。一方、ドラッグXの存在に気づいた米国政府はCIAを介してスミルノフと極秘に接触し、スミルノフはCIAの手引きによって国外に脱出することに成功した。
その頃、KGBはスミルノフの研究室や自宅からドラッグXに関する大量の資料を押収し、その情報にしたがって旧ソ連軍がメルポリン合成を試みたが、スミルノフの研究結果は全く再現できず、できあがったのは全く薬効のない物質ばかりであった。スミルノフはこの事態を予測し、あらかじめ嘘が書かれたダミーの資料を残しておいたのである。もやはメルポリンの製造方法は彼の頭の中にしか存在していなかった。
スミルノフは旧ソ連からの逃亡後、米国政府の保護観察のもとで正体を隠匿し、米国の某大病院でレジデントとして働いていた。その間、米国移民局と永住権獲得に向けての交渉を続けていた。しかし、米国当局は永住権との引き換えとしてドラッグXの全情報を引き渡すことを条件とした。メルポリンが軍事目的に使用されるのを嫌ったスミルノフはこれを拒否し続けた。当初はソ連側の科学技術情報の入手というメリットに惹かれてスミルノフを亡命させた米国政府ではあったが、固く口を閉ざし、さらには米国内の左翼運動家と結びつき、しだいに知名度をあげていくスミルノフをこれ以上のさばらせておくわけにはいかなくなった。あからさまな強制送還や暗殺はかえって左翼活動家を刺激することになると判断した米国当局は次のような作戦に出た。この国の医師は本来刑事罰は免責であるはずだったが、FBIを介して医療訴訟問題をでっちあげ、その中心人物としてスミルノフを巻き込み、例外的に連邦裁判所で裁くというものである。スミルノフは「訴えたければ訴えればいい(Sue Me!)」との言葉を残して消息を絶った。これが後に彼がDr Sueme(スーミー)と呼ばれるようになった所以である。
スミルノフは米国政府の監視をかいくぐって、とある日本の有力左翼活動家の手引きで日本に潜入したのだった。形成手術を受けて日本人になりすまし、Sという日本名で密かに過ごしていた。彼は第二の故郷として、かつて父イワンの仕事の関係で幼少時を過ごした北海道を選んだ。北海道はどこか愛する祖国ロシアの大地を思わせるのであった。北海道で何年か、日本人医師Sとして働きながら、度重なる形成手術を受けるうちに、いつの間にかスミルノフは到底ロシア人には見えない普通の日本人のおやじのような風貌となっていった。おかげでスミルノフはやがて自分がスミルノフであることすら忘れ、本当に自分は日本人のおっさんSであると思い込むようになった。自分自身に関する記憶を失うということは、自分の身の安全を守る最善の策でもあった。
自分が国際的政治的な危険人物であることをすっかり忘れて研究に没頭したスミルノフ、いやSは、その研究成果が徐々に国内外に知られるようになり、勤務医をやめ、優秀な基礎医学研究者として某大学の生理学講座に招かれた。そうして徐々にその研究成果が世界的なレベルに達し、正式に大学の助手(現・助教)として採用されたとき、Sはついに自分が、かつては世界的な研究者であったスミルノフであることを思い出してしまったのである。それはまさに2002年5月14日のことであった。その頃Sは、1999年頃から個人的なホームページを運営していた。2000年6月9日には、それと某医科大学某講座サイトの一部ページを合体させ、医学サイト「SueMe」を立ち上げていた。もちろん当時のSは、自分がスミルノフであることは完全に忘却していたのだが、潜在意識の中にSueMeという言葉が色濃く残っていたのだろう。そして「SueMe」独立後、Sはその掲示板内で、自ら創作した様々な教授キャラクターを演じていたのだが、実はその中のスミルノフ教授が自分自身に他ならないということに気づいてしまったのである。
以後、当サイトは「スミルノフ教授公式ウェッブサイト」として、多くの支持を得るところとなった。2003年からは、日本産ブログツールの元祖a-newsを導入し、ほぼ日刊ブログを目指し、高尚な医科学情報を配信するとともに、立派な科学者や医師として生きるために留意しなければいけないことを説いてきた。しかし、お手軽な更新を手に入れたのと引き換えに内容が軟化し始め、そこら辺にありがちなただの面白サイト紹介ブログに成り下がってしまったのも事実であった。
こんなことではいけない。世界的な教授が、「TBN」や「カトゆー家」、はたまた「動ナビ」に拾われて1日数万ヒット達成!と喜んでいていいのか。スミルノフは悩んだ。そして次第に更新頻度も落ちていった。ところが、鳩のごとくポッポー、蛇のごとくニョロニョロ、という言葉をふと思い出し、奇妙に元気が出た。そうだ、スミルノフの本来の目的は何だったのか。それは、愛と平和について世界に説くことではないのか。そのためには、教授の類希な頭脳と筆を、世界の愛と平和のために役立てるべく、もっときちんとした硬派なブログをやるべきなんじゃないか。で、本格的なブログといったら、やっぱあれよ、いま流行りの何てったっけ? そうそう、Movable Typeよ、先生、あれ使ってみたいなぁ、そして胸張って、いやー、先生ってば今MTでブロッガーなのさ、ブログって、君知ってる? なーんて、さりげなく言ってみたりしたら、かっこいいだろーなー、と思ったスミルノフ教授は、2004年4月にMovable Typeを導入し、硬派なブログを目指してサイト名も「スミルノフ教授硬式ウェッブログ」と改名した。
だが、内容はあまり変わらなかった。2004年11月からはMTのメンテも面倒になり、sb(現SereneBach)に移植するとともに、そのサイト名を「スミルノフ教授公式ウェッブサイト」に戻した。今でこそ誰もが無料のお手軽ブログツールを簡単に使える時代ではあるが、当時はMTにしろsbにしろ、自分でツールをインストールして、そのメンテにあれやこれやと苦労するのがブログだったのだ。
その後、冷戦は終結し、ソビエト連邦は解体した。スミルノフことSはその研究成果と教育への情熱を買われて北陸の大学に助教授(現・准教授)として迎え入れられた。しかし、Sの日本国内での名声は、プーチン政権下のロシア連邦保安庁(FSB)で息を吹き返した旧KGBのメンバーの耳に入ることとなり、再びスミルノフはFSBの追跡の影に怯えることとなった。その不安と恐怖から逃れるため、スミルノフは自ら開発したメルポリンを使用することで耐える毎日を送るようになった。この頃スミルノフは、迫り来るFSBの影を振り払うかのように、100年来の謎とされてきた、「保温したカレーは作りたてより美味い」という、いわゆる「保温カレー予想」に取り組んでいた。多くの科学者がトポロジーを用いてこの難問に挑んでは敗れ去っていったが、スミルノフは従来の微分幾何学と物理学を使用してその証明に成功してしまった。複数の科学者により数年がかりでスミルノフの証明が正しいことが実証され、スミルノフはこの功績によってハウスバーモンドフィールズ賞候補となり、また同時にメルポリン開発の功績も再評価され、イグノーベル医学生理学賞の候補にまでなった。しかし、そのような世界的な賞を公衆の面前で受賞することは、同時に彼の生命を危険にさらすことにもつながる。また、この頃スミルノフは潜伏先の大学で助教授職となって忙しくなり、気楽で自由な研究ができなくなり、午後の時間を睡眠に使うことができなくなり、講義を担当しなくてはならなくなり、委員会や学会の運営にも係わらなくてはならない立場に立たされ、体はメルポリンの副作用でボロボロであった。後に弟子のS浦は「あんな不自由な生活にスミルノフ先生が我慢できるはずがなかった」と回想している。スミルノフは支援者たちの手によって密かに北海道に戻され、現在は某施設でひっそりと隠居生活を送っているというが、再び復活の機会を狙っているのではないかという憶測もある。
現在、スミルノフは、ドストエフスキーを読みながら自分の中に流れるロシアの血を感じ、また米国滞在時に日本の外から神戸地震を見て感じた日本人としての自分も取り戻そうと努力しているようである。現在は第一線から完全に身を引き、宗教書、哲学書、日露米文学などを読みふける毎日だという。ビートルズを初めとするロック音楽への造詣の深さでも知られるが、いまだに「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」を聞くとパニック症候群を引き起こすという。
スミルノフ教授はその登場とともに第一人称に「先生」を使用している。これは当時教授が気に入っていた「みんなの掲示板」というサイトの管理人が、ベンジャミン先生と称して第一人称に「先生」を使用していたことに影響を受けている。しかし最近スミルノフ氏は、いいかげん自分を先生と呼ぶのにも嫌気が差し始めているようで、私、僕、俺、ぼく、おれ、なども使用している。これにはスミルノフ氏は基本的には自分自身を軽蔑しており、師として近づく価値などない人間だという自己嫌悪を感じていることが背景にある。また、かつてはブログにおける一人称として「オイラ」を使用していた眞鍋かをりが、私生活で"オイラ"といわなくなったことを理由に「私」を使用するようになったことも影響している(要出典)。
一般的に医師だと思われているが、定かではない。先生の正体(2003/03/07)では自分は本当は運転手だと告白しており、病院付きの運転手、あるいは医療関係者をよく乗せるタクシー運転手との説もある。医学関係の記事は、親しくなった医療関係の客から聞いた話を元に書いているという噂もある。






















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誤解のないようにしておきたいので、訳者がここに注釈を施す。スミルノフ教授は小説「スミルノフ教授」の主人公であり、小説の登場人物である。前記のスミルノフ教授のプロフィールが概ね小説「スミルノフ教授」のあらすじにあたる。このウェブサイトは、その小説内ではスミルノフ教授のウェブサイトだということになっている。すなわちメタフィクションだということになる。したがって、このことをここに書いて説明するのは矛盾であり混乱をまねくおそれもあるが、他に書く場所もないのでしかたなくここに書いているのである。
小説「スミルノフ教授」は50年近く様々な著者により書き続けられているが、いまだに完成していない。スミルノフ教授が登場する他の小説としては、以下のようなものがあげられる。